社会情報を活用した課題解決志向の学際的な学び

目白大学社会学部社会情報学科 内田康人

*(編集注記)本稿は、2023学会大会WS「社会情報サミット」でご報告いただいた、社会情報領域における教育実践について、目白大学社会学部における教育カリキュラムのコンセプトと取り組みを、「社会情報学への招待」として、内田康人先生にご紹介いただきます。

はじめに

 本学の社会情報学科は2000年に創設され、今年(2024年)で4半世紀を迎える。この間、社会状況の変化などに合わせて、様々なアイディアや試みが継続的に教育プログラムに取り込まれてきたことで、カリキュラム改定は大小合わせて6回を数える。こうした社会の変化に応じたカリキュラムの柔軟性は、本学科の特徴の一つとなっており、社会課題の改善・解決をめざす学科の教育理念を体現するものとなっている。

 以下では、社会情報学の教育実践の一事例として、本学科における教育カリキュラムの基本的な考え方・枠組みと取り組み内容について紹介する。

学科カリキュラムの基本的な考え方

 本学科では、「情報に視点を当てて社会現象・社会問題を認識・考究することによって、社会改善に貢献できる人間を育成する」(初代学科長:林俊郎)という教育理念にもとづき、独自の社会情報学の解釈のもとカリキュラムを構築してきた。

 創設当初からのカリキュラムの基本的な考え方・枠組みは、①社会課題の改善・解決をめざす「社会課題解決」志向、②手段としての「社会情報」の活用、③「生活(者)」の視点に立った「学際」的なアプローチ、という3つに整理できる。つまり、「社会課題の改善・解決」に向けて、「生活(者)」の視点から「学際」的にアプローチしていき、「社会情報」を活用して認識・分析を深め、対応を設計・実践していく流れが想定されている。

 今日の社会問題は「数多くの要因が複雑に絡んで発生」しており、それらを解決するには、「これまでのような<縦割り式>の細かく分化した学問体系では対応できない」との認識から、本学科では「諸科学を有機的に統合し、総合的な視点で社会事象をとらえる」学際的なアプローチをめざしてきた(林 2005)。その学際性の範域として、社会科学と情報科学にとどまらず、自然科学、生活科学などの領域も含んだ、より広い視野をとるところに本学科ならではの特徴がある。

 吉田民人は「社会情報学の可能態」として5セットのオプションを挙げたが、これに準じれば、情報社会だけでなく「社会一般」、機械情報にかぎらず「情報一般」、情報伝達に限定しない「情報処理一般」、そして認知機能だけでなく「記号=情報機能一般(指令・認知・評価)」とより広範域を射程に収め、「学際的領域」としての方向性を志向している(吉田1994)。

 以下では、本学科の特徴である上記枠組みにもとづき、基本的な考え方とカリキュラムにおける実践を概説していく。

社会課題としての問題解決と価値創造

 本学科では教育目標として、「複雑化する現代社会における社会課題の改善・解決に貢献できる人材の育成」を掲げてきた。その際、「社会課題」を広義にとらえることで、その内容を「問題解決」と「価値創造」に整理している。

 「問題解決」とは、社会問題の改善・解決に向けて、的確な認識・分析にもとづいてプログラム(構想・ビジョン・処方箋など)を設計・デザインし、現場で実践することである。具体的には、まちづくり・防災といった地域が抱える課題や消費者問題など生活問題への対応が想定されている。

 他方の「価値創造」とは、本学科の学びにひきつけると、生活領域(衣食住・消費・娯楽など)や企業マーケティング等において、新たな価値や意味を設計・創造し、表現・付与することと解釈できる。それらを消費・享受することにより、精神的な豊かさ・充足感の実現やライフスタイル・生活文化の創出などをめざすものである。

 こうした課題解決において、「知性」にもとづく機能的・合理的な認識・分析・設計が求められることは言うまでもないが、同時に「感性」を活かした直観や発想力・創造力、バランス感覚も重要と考えている。そのため、カリキュラムでも、社会調査、実験、フィールドワーク、AI・データサイエンスといった方法論にくわえ、デザインやアートの手法など感性を育む科目が用意されている。

社会課題の認識・設計における社会情報の活用

 本学科では、社会課題において、「社会情報」が及ぼす影響力に注目してきた。社会現象/社会問題は、「社会(人間集団)という場で、主として、『集団心理』と『社会情報』が相互に作用して発生」し、とりわけ社会問題は「人間集団の間を流れる情報によってもたらされる」(林 2005)という認識に立ち、社会現象や社会問題を適切に認識するためには、人々のつながり・関係性や社会、集団心理・社会心理の理解とともに、社会情報の分析・見極めが重要と考えている。

 また、価値創造としては、キーワードや物語、デザイン、イメージ等の社会情報によって、商品・サービスや生活におけるモノ・コト・場・空間などに意味や価値が設計・創造、表現・付与される。これらは、「情報的機能」(林雄二郎)、「記号価値」(ジャン・ボードリヤール)、「感覚情報」(梅棹忠夫)、「美的情報」(見田宗介)、「モード情報」(金子郁容)として概念化されてきた社会情報の一類型と位置づけられる。

 上記の認識のもと、社会課題に対して、社会情報を活用した「認識/調査・分析」と「設計(デザイン)/実践」という切り口からアプローチしていく。前者は、社会現象・社会問題を的確に認識し、問題意識を深めるために、社会情報の見極め・読解、社会調査・フィールドワーク等を通した情報(データ)の収集・分析を行うことである。こうしたスキルを高めるために、情報リテラシー・データリテラシーを習得する授業とともに、社会調査を学ぶ授業も実質的に1年次必修としている。後者は、課題の改善・解決に向けたプログラムを設計し、課題への対処を実践することであり、情報のデザイン・発信の手法を学ぶとともに、企業・地域等の現場における設計・デザインの実践例にも数多くふれるカリキュラムとなっている。

 この「認識-設計」という枠組みは、「対象のあるがままの姿を記述・説明・予測」する「認識科学」に対し、「対象のありたい姿やあるべき姿を設計・説明・評価」する「設計科学」を提唱した吉田民人の考え方を踏襲するものである(吉田2000)。

 このように、社会課題の認識・設計いずれにおいても、手段としての「社会情報」の活用のあり方が意識されている。

生活(者)の視点に立った学際的なアプローチ

 冒頭では、本学科の独自性として、社会科学と情報科学にとどまらない、自然科学、生活科学なども含む学際性の範域の広さを指摘した。それは、本学科の学びの目的が、情報社会における機械情報を中心とした情報の伝達・認知といった情報現象の解明だけでなく、より幅広く社会課題を対象とし、その的確な認識をふまえた改善・解決を目的とすることに起因する。つまり、より複雑化する現代の社会問題に対応するためには、多角的・複眼的・総合的な視点から社会事象をとらえ、アプローチすることが必要という考えに立っている。

 社会課題は、社会のマクロ/メゾ/ミクロさまざまな水準で立ち現れてくるが、本学科ではそれらを生活者(地域住民・消費者など)の視点からとらえ直し、対応していくことを想定している。また、健康・医療・食などが関わる多くの社会現象・社会問題において、「科学的な正しさ」にもとづいて「エセ科学」などを見極めるためには、社会学、ひいては社会科学の観点や知見だけでは限界があり、生活科学や自然科学の観点・知見も必要と考えている。

 こうした学際性の考え方をカリキュラム上に具現化するものとして、本学科では「ユニット制」を導入してきた。「ユニット制」とは、学際的な学びの分野・領域を、全体的なカリキュラム体系のもと、いくつかの系列(ユニット)として整理したものであり、現行カリキュラムでは「社会心理・コミュニケーション」、「生活創造」、「社会デザイン」、「マーケティング・ブランド」という4系列から構成されている。一個人としての人間・生活者から、日常の生活領域、地域・コミュニティ等の社会領域、企業組織などビジネス領域まで幅広くカバーしており、社会状況の変化などに合わせて、ユニット構成や各々の内容など、柔軟に改変を繰り返してきた。

 学際的なカリキュラムにおいて課題となるのが、全体としての共通基盤となる専門領域をどう設定するかである。既述のとおり、「社会課題の改善・解決」を学びの主目的としており、社会の適切な認識に向けて、人々のつながり・関係性や社会(集団)、集団心理・社会心理の理解、社会情報の分析・見極めが重要と考えている。ゆえに、それらの認識に向けた知見や手法を提供する社会心理学を、学科の共通基盤と位置づけている。ここでの社会心理学とは、社会学と心理学の融合領域として、対人・集団・群衆心理や認知に関する心理学分野、人々のつながり・関係性や社会構築のあり方を探る社会学・ソーシャルネットワーク分野、そして両者をまたぐ情報・コミュニケーション領域などを主たる対象としており、いずれも1年次必修科目となっている。こうした領域をカバーするのが「社会心理・コミュニケーション」系列であり、社会の的確な認識と課題解決に向けた情報の利活用、コミュニケーションや社会関係のあり方やデザインなどを学ぶ、学科の基盤的な位置づけとなっている。

 その他の系列として、「生活創造」系列では、食、アパレル・ファッション、空間・デザインを取り扱う。生活者の視点からより安心・安全で豊かな生活の実現や生活の質・満足度の向上をめざし、身近で生じる生活問題の解決と豊かな価値創造に向けてデザイン力を高める学びとなっている。「社会デザイン」系列では、おもに環境・地域コミュニティ・消費者行動のデザインを対象とする。都市や地域など生活の場・空間・環境における社会課題の改善・解決に向けて、社会のありようをデザインし、実践していく能力・スキルの習得をめざしている。「マーケティング・ブランド」系列では、ビジネス領域における企業と消費者の関係において、企業組織やブランド、製品・サービスの価値の創造・向上をめざしている。消費者や社会のニーズ・問題や価値観・嗜好等を適切にとらえた課題設定を通じて、消費者・社会との間に新たな意味や価値を創造・設計・マネジメントする力を習得していく。

 上記の各ユニットにおける科目設定においては、各領域における社会課題の改善・解決を念頭に、①専門領域・分野としての基礎的かつ重要なドメイン知識、②社会現象・問題を認識するための社会情報、社会心理、社会集団・社会関係といった着眼点、③社会問題にアプローチするための生活(者)視点と調査・分析、設計・デザインの手法に関する学びが意識されている。また、一つの対象・テーマに対し、多角的な視点や手法からアプローチすることで、複眼的な理解もめざしている。企業マーケティングを例にとれば、「企業・ビジネス」視点からの課題解決、設計・デザインはもちろんのこと、「消費者」からみた企業マーケティングの意味や価値、情報を読み解くリテラシー、さらに「社会・環境」的観点に立つことで中長期的・潜在的な社会への影響の認識・予測も可能となり、マーケティングのあり方への複眼的な理解にもつながっていく。

 このように、学際性にもとづく複眼的な視点を活かし、他領域の観点や手法などを取り込むことで総体的な認識を深めたり、設計/実践における発想や手法の幅を広げることにより、社会課題の改善・解決にも寄与すると考えられる。

今後に向けて――学際性の深化へ

 学際性をとらえるうえで、「マルチディシプリン―インターディシプリン―トランスディシプリン」という考え方が提起されており、この枠組みに沿って学科の学際性のあり方について検討したい。

 従来の本学科における学際性のあり方は、いわば「マルチディシプリン」的であり、学科という同じ傘のもと独立した各ディシプリンが並列している状態である。カリキュラムとしては、多領域・分野にまたがる科目が教育目標のもとに体系化され、メニューとして提示されるなかから、各学生が個別の関心・ニーズに応じて主体的に選択し、組み合わせることを可能にする「学びのカスタマイズ」を重視してきた。

 現行カリキュラムではそこから一歩進めて、「インターディシプリン」的に複数分野を掛け合わせる試みを進めている。社会的動向をふまえた意義・価値の高い「掛け合わせ」を模索するなかで、系列内/間のオムニバス科目を増設するとともに、テーマ・課題志向のもと複眼的・総合的なアプローチを体現する「系列横断型科目」と「総合科目」も新設している。具体的には、社会デザインにおける市民の協働と社会志向のマーケティング手法を掛け合わせた「ソーシャルビジネス論」、情報・メディアデザインと空間・プロダクトデザインを掛け合わせ、表現とその手法を各分野のアーティスト・デザイナーから学ぶ「アート・カルチャーとデザイン」、4系列の各領域におけるAI・データサイエンスの活用・応用について実例をもとに理解する「AIと人間社会」などがある。

 さらに、課題解決の実践として、従来からビジネス現場等から外部講師を招く授業や、ゼミ・ボランティア等の活動を通じて、社会やビジネスの現場と関わりをもってきたが、現行カリキュラムでは授業としても学外に出ることで、社会の現場・フィールドとの連携・協働をより積極的に図っている。今後は「トランスディシプリン」的に、社会の企業・自治体・地域コミュニティなど多様なステークホルダーと、様々なディシプリンとの連携・協働をいっそう深めていく方向性も考えられる。

 こうした学際的な取り組みは、従来は別々に分かれていたディシプリンやセクター間の垣根を取り払い、多様な視点や考え方、知識、手法などを受け入れ、相互の交流や連携、融合、総合化をめざす取り組みといえる。とはいえ、ただ単に異分野・他分野を組み合わせればいいというものではない。めざすべき教育目的に向かって学びの効果を高めていくために、最適な組み合わせ・掛け合わせのあり方やその教育実践の進め方をどのようにデザインしていくのか、ひきつづき今後に向けた大きな課題であると考えている。

Reference

ジャン・ボードリヤール(1979)『消費社会の神話と構造』紀伊国屋書店.

梅棹忠夫(1989)『情報論ノート――編集・展示・デザイン』中央公論社.

金子郁容(1986)『ネットワーキングへの招待』中央公論新社.

林俊郎(2005)「社会情報学への挑戦」林俊郎編『情報を斬る』一藝社.

林雄二郎(1969)『情報化社会――ハードな社会からソフトな社会へ』講談社.

見田宗介(1996)『現代社会の理論――情報化・消費化社会の現在と未来』岩波書店.

吉田民人(1994)「社会情報学の構想とその背景――新しいDisciplineの誕生をめざして」木下冨雄・吉田民人編『記号と情報の行動科学』福村出版.

吉田民人(2000)「俯瞰型研究の対象と方法――「大文字の第二次科学革命」の立場から」学術の動向編集委員会編『学術の動向』5巻11号,56,pp.36‐45.